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渋谷区・伊豆諸島親善サッカー大会とは?
東京都神津島において「神津島サッカーフェスティバル」が1990年11月から神津島島民によって開催されていた。島外のチームと交流試合を行う機会が無いということで1995年11月渋谷区サッカー協会役員が所属するチームが招待を受け参加した。
以後、1997年まで毎年招待されるようになった。他の島・静岡県・神奈川県・東京都・千葉県などに就職していた人々がフェスティバルの話しを聞き、毎年11月に帰省するようになり、神津島村役場も職員がサッカーチームを結成し参加するようになり次第に盛大になっていった。
大会の規模が徐々に大きくなるにつれ、近隣の島の参加を望む声が多くなった。しかし、交通の便が悪く神津島のとなりに位置する三宅島や八丈島・青ヶ島などは、一度晴海に行きそして神津島に向かうという手段(なんと21時間も乗船!)しかなく、容易に実現できない状況でだった。
そこで、東京の渋谷区に伊豆諸島を招いた大会を渋谷区サッカー協会が企画し、渋谷区教育委員会の協力を得、1998年2月「第1回渋谷区・伊豆諸島親善サッカー大会」を開催する運びとなった。
2000年三宅島・神津島地震が起こり2001年の第4回大会が危ぶまれたが、渋谷区サッカー協会主催で「三宅島・神津島チャリティー大会」を都内の各区サッカー協会に呼びかけ開催した。チャリティー大会で集められたお金と東海汽船の協力で、神津島島民も八王子に避難していた三宅島島民も参加でき、第3回大会も開催することができた。
翌年もチャリティー大会を開催し、大会に参加した三宅島・神津島の人々に金銭援助を行った。第1回大会から神津島2チーム・大島・八丈島・三宅島・青ヶ島各1チームが参加している。
三宅島は第1回大会から都立三宅島高校サッカー部が参加していたが、昨年度でサッカー部が解散となり、第5回大会より卒業生で結成したチームで参加することになった。
毎年2月に大会を開催している理由は、各島の漁師の都合である。2月は海が荒れ漁に出られない日が多いと言うことで一番漁師が暇な2月に開催する事になった。第5回大会から小笠原諸島も参加したいという連絡があったが、2月は海が荒れ、船が使えない日が多く、渋谷区に行くことが困難であるということでこの大会参加を見送ることになった。
離島の人々は、機会・理由が無いとなかなか東京に出てくることができず、この大会を毎年楽しみにしている。同窓会・島民会などをこの大会に併せて都内で催す島もある。また、個人的な所用・買い物・親戚・病院の面会など様々なことに活用しているようである。
第1回大会に選手として出場していた方も監督・コーチとして参加し、次世代の選手が活躍し始めた。
この大会の火を消さないでほしいと言う声が、各島の人々から熱い要望として渋谷区サッカー協会に伝えられている。今では、渋谷区サッカー協会だけの事業では無くなっている。
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